安息日礼拝vol.17 Feb 15 隔たりの創造

創世の二日目、フランシスコ会訳を見てみましょう。
ベレシート(創世記)第一章6節~8節
次に神は仰せになった、「水の中に大空あれ。そして水と水とを分けよ」。すると、そのとおりになった。神は大空を造り、その下の水と上の水とを分けられた。神は大空を天と名付けられた。そして夕べとなり、朝となり、二日目が過ぎた。

1隔たりの誕生

 もう一度確認のために申し上げますが、一日目、「はじめに天と地を創造された」と記されているこの「地」とは、目に見える世界、物質世界のことを言っているのであって、「地球」のことではありません。これを地球と捉えると、てんでめちゃくちゃになるのです。 地球を含めた天体というのは、「四日目」に創造されるので、この時点ではまだないのです。それは、よくよく念頭において読み進めてください。
 神は一日目に、目に見えない霊と、目に見える物質を造られたあと、光を在らせられ「一日目の最後」に「時間」を創造されました。
 二日目に「上の水」「下の水」とありますが、この「水」がなんのことかというと、「原始の命の塵の海」のことです。ヘブライ語ではそのようになっています。原始の命の塵の海に、まるで、板かなにかを拡めて、区別したと書かれています。そしてここで、初めて上の「原始の命の塵の海」を「天」と命名したのです。そして、ここからは、外典を読まないとわからないのですが、神は「天の命の塵の海」と「地の命の塵の海」それぞれから、別々に創造を続けていかれます。そして、エノク書によるとこの二日目に「天の命の塵の海」から、神は天使を創造されるのです。そして、天使というのは決して、蛍光灯を頭の上に浮かべた羽の生えた赤ちゃんではありません。
 私の「一日目」の時に出した画像説明も良くなかったのですが、私はまるで、一日目の時点で、霊質と物質が区別されて出来たかのように表してしまいました。お詫びして、きちんと説明させていただきます。 かえずがえすも、一日目で造られた「天」と「地」は決して、「空」とは別物であることがこれでわかります。しかも、ここで初めて、神は霊的な世界を「天」バシャマイムと命名しているのです。そのため、私は「大空」という訳し方に反対です。大空ではなく神は「隔たり」をお作りになったのです。初めは、一つ所に混在していた「霊質」と「物質」を別のものになさり、完全に区別されたということです。

2神のノーコメント
 「二日目」で覚えなくてはならないことがあります。それは、神が、重要なキーワードを発しておられないことです。三日目には物質の世界に「海」と「地」と「草木」が出来、四日目には「天体」、五日目には「水の生き物」、六日目には「獣」「家畜」「人」を造られています。そのたびに、神は「それを見て善しとされた。」とコメントしていますが、二日目だけはノーコメントなのです。 この「善しとされた」というのは、感動、喜びをもって満ち足りたという意味だと前回ご説明いたしました。二日目だけは、神は感動なさらなかったのです。善しとされなかったのです。
 神はお見通しだったのです。エノク書によれば、「天の命の塵の海」から創造された天使たちは、一日目に神が在らせられた「光」と共に、創造の業に携わっています。しかし、同時に、この天使の長となったサマエルによって、2章で創造される「人間」が堕落してしまうのです。他者を堕落させるのは、自分が堕落しているからです。つまり、人間よりも先にサマエルは闇に堕ち、堕天使となるのです。
 神が造ったものはすべて善きものなのですが、神は被造物のすべてに「自由意志」をお許しになりました。神は被造物のすべてを愛しておられますが、被造物が堕落することを選ぶことも知っておられ、それを悲しんでおられるのです。 この「ノーコメント」には、サマエルとサマエルに従う天使たちを憐れんでおられる思いが込められているのです。
 

コメント

このブログの人気の投稿

安息日礼拝 vol.16 光あれ

安息日礼拝 vol.19 2020 Feb 29 創造四日目

安息日礼拝 vol.23 2020 MAR 23 「原罪」「女」と「へび」