安息日礼拝 vol 5 ハヌカに思うメシアの民「前奏曲」

今年のハヌカは12月22日から30日
ほぼ、偽物のクリスマスと同時期です。
偽物のクリスマス、12月25日はミトラ教の冬至です。
ミトラ教はヘレニズム二代目の中心地、ローマの宗教です。
ローマの前、ヘレニズムの発信地、中心地というのはギリシャでした。
歴史のなかで、「世界最強国」というのは、大きく分けて4つにわかれていると思います。
初めがギリシャ、その次にローマ→イギリス→アメリカの順に世界最強国は推移しています。これは、ヘレニズムの推移でもあります。
つまり、今巷で「クリスマス」などと呼ばれているこの、お祭りは「ヘレニズム」のお祭りなのです。
12月4日水曜日の安息日礼拝 本日から3回ほどに分けて、ハヌカの預言を紐解きたいと思います。

どんなお祭?

「ハヌカ」とヘブライ語で呼ばれるこのお祭には、様々な名前があります。
「光の祭典」ともユダヤの人は呼び、この時期にだけ用いられる、9本のキャンドルをともす燭台の光でお祝いしています。
しかし、このお祭を最も表している名前は「宮きよめ祭」という名前だと思います。
 実は、救い主イホシュアも、この宮きよめ祭を守っていたということが、はっきり、ヨハネの福音書に書かれています。

ヨハネ10:22-23
22-23 時は冬でした。宮きよめの祭りがあり、イエスもエルサレムにおられました。ちょうど、宮の中のソロモンの廊と呼ばれる所を歩いておられると、 
新共同訳聖書では「神殿奉献記念祭」 と訳されています。
つまり「宮きよめ」とは「神殿奉献記念祭」のことで、
神殿を奉献・・・神にお捧げするお祭なのです。

マカバイ書

ハヌカの起源は聖書の「マカバイ書」に記されています。
実は、このマカバイ書、プロテスタントのクリスチャンはあまり読まないので、ほとんどの訳本で割愛されている文書です。
フランシスコ会訳とバルバロ訳でしか、マカバイ書を含んでいません。
マカバイとは人の名前です。
紀元前169年 セレウコス朝シリアの王アンティオコス4世・エピファネスにエルサレムが占領され、神殿が汚されるという事件が起きます。
この二年後、紀元前167年、ユダ・マカバイが神殿を回復するのですが、この神殿の回復を祝うのが、宮きよめ祭です。

神殿を汚す。神殿を回復する。
それでは、「神殿を汚す」ってどういうことなんでしょう?
また、「神殿を回復する」とは・・・一体なんのことなんでしょうか?

一言でいえば、このマカバイ戦争は
ヘレニズムとヘブライズムの戦争です。

改めましてヘレニズム

ヘレニズムとは、ギリシャ主義ということです。
アンティオコス4世はセレウコス朝の子孫です。
つまり、アレクサンダー大王の部下だったセレウコスの子孫でギリシャ人なのです。
ヘレニズムには・・・・
 たくさんの神様がいます。
 神様にそれぞれ担当分野があります。
  豊作の神 太陽の神 海の神
 全知全能の神とされるゼウスはいますが、実は制限付きの全知全能なのです。
 人間は、自分の都合に合わせ、適切なご利益を下さる神様を選び拝めます。
 つまり・・・人間に決定権と選択権があるのです。
 自分の力で何でも決められて
 自分の力で何でも乗り越えられるはず。
 そう信じるのがヘレニズムです。
 ちなみに、「エピファネス」とは、現人神(あらひとがみ)という意味です。
神と同じ力を持った人間です。
 先日、「東方の三博士」のことについて分かち合った際に、キリストの誕生シーンを描いた名画を何品かご紹介しました。あのような、誕生物語のワンシーンを描いた絵画のことを「エピファニア」といいます。このエピファネスと同じ語源でして、「エピ」は現れる、表面に現れるという意味で三次元化を表します。「ファニア」にも「ファネス」にも共通してあるあるのが「ファ」という言葉ですが、これは、「肉」「物体」という意味です。「pha」でファなのですが、ギリシャ語で「ph」で始まる言葉は「肉」「体」と関連しているのです。

アンティオコス・エピファネスの肖像


アンティオコス・エピファネス、正式にはアンティオコス4世・エピファネス、彼が生きた時代はまだキリスト降誕の300年ほど前のことですので、「エピファネス」という言葉にキリストは一切関係なく、単に自分を神と同格にしようとした人間の傲慢を表しているに過ぎません。 
 そういう人間力を重視するのがヘレニズムで(努力すれば、なんでもできる)
神という存在は人間の願望によって作られた偶像にすぎません。

ちなみに、ドイツの哲学者ルートヴィッヒ・アンドレアス・フォイエルバッハは「そもそも神とは、人間の願望が投影されたもの。映し出されたもの。」だと言います。ちなみに、この「投影物」という考え方はギリシャの哲学者プラトンが言った「イデア論」からくる考え方です。

 マカバイ書には、アンティオコス4世が「ローマの人質になっていた」と書いてあります。セレウコス朝シリアの王族だったのです。
 ヘレニズム・リーダーはこの時、すでにギリシャからローマ帝国に変わっています。
 ローマ帝国では、属国を支配するのに、その支配者一族の男の子をローマに単身人質として移住させ、ローマでヘレニズム教育を施し、成人に達してから、本国にかえしていたのです。同じ、措置の中で育った人の中で有名なのがブリトン島のブリトン人「アーサー・ペンドラゴン」、アーサー王と呼ばれる人物です。キリストの時代にも、これと同じ状態の人が一人いました。ヘロデ・アンティパスの妻ヘロデアの弟、アグリッパ1世です。彼もローマに人質となり、教育され、ティベリウス帝の跡を継ぐ、後のカリグラ帝とともに養育されるのです。
 ローマはこうやって、ヘレニズムのウィルスを、中東の国々に撒き散らしていったのです。
 そんなヘレニズム洗脳をバッチリ受けた上に、ローマ人特有の残酷さも身につけてシリアに帰国したのがアンティオコス4世です。
 そして、最後の最後に種明かしをしますが、ここで、皆さんに「セレウコス朝」という言葉に着目していただきたいのです。元来のシリア人ではなく、ギリシャ人との混血が終わったシリア人ということなんです。
 この話は、かの有名なマケドニアの王、ギリシャ人の中のギリシャ人「アレクサンドロス大王」に遡ります。マケドニアの王だった彼が、西ではなく、東を遠征方向に選択したのは、まさに神の采配としか思えません。
 彼があの時、西を目指していたら、ローマ帝国は存在していなかったでしょう。彼はひたすら東を進むわけなのですが、これにはちゃんと、選択根拠があるのです。アレクサンドロス大王にはクレオパトラという名前の妹がいました。エジプトのクレオパトラは「7世」ですから、同一人物ではなく、むしろ、このアレクサンドロスの妹、クレオパトラがいたから、そこかしこに、クレオパトラという名前の女性がいるのです。ちなみに、この名前はギリシャ語の名前で、エジプトの名前ではありません。 アレクサンドロスはこの妹を溺愛していました。アレクサンドロスには、年の近い叔父がいました。母オリンピュアの弟で、この叔父もアレクサンドロスでエパイオスの王でした。大王の妹、クレオパトラはこのエパイオス王に嫁ぐのですが、このエパイオス王が、西を目指したので、自分は東を目指すことになったのです。しかし、エパイオス王は遠征の途中で病に倒れます。
 このおかげで、ローマは台頭して間もなく、体制が原始的な時に強国と戦うことを免れたわけです。
 中東の国々を支配したアレクサンドロス大王も、帝国を築く夢半ばで死んでしまうわけですが、築いた帝国を彼に忠実だった側近たちが四分割して統治することになります。そのうちの二人が、セレウコスと、プトレマイオスです。(この四分割というのを、よく覚えておいてください)セレウコスは、イラク、シリア、アナトリア、イランにわたる広大な領土を後継し、プトレマイオスには肥沃なエジプトが与えられました。それが、有名なプトレマイオス朝のエジプトです。つまり、有名なクレオパトラ7世の始祖が、このプトレマイオスで、おそらく自分の大将の妹クレオパトラに密かに恋をしていたのだろうという説があり、自分の王朝の王になる男の子は「プトレマイオス」と、王妃になる女の子は「クレオパトラ」と名付けてるようになったのです。
 アンティオコス・エピファネスは、このセレウコスの子孫であり、今回取り上げる、エルサレムで展開されたマカバイ戦争の直前に、プトレスマイオス朝エジプトに勝利するのです。このこともよく覚えておいてください。
 さぁ、ここから、ダニエル書、黙示録の終末預言にも繋がる壮大なミステリーに突入します。

 まだ、このメッセージも終了を迎えていないので、皆さんにはカハルがどうしてこんなにもハヌカにこだわり、クリスマスではなくハヌカを!と言うのかおわかりにならないとは思いますが、皆さん、ぜひ、このハヌカのことを心に覚えて、宮清めのイェシュアに思いを馳せてください。
 次週は、マカバイ戦争のきっかけになった、神殿攻撃について、そして、マカバイという人物について、お話しようと思います。
 

コメント

このブログの人気の投稿

安息日礼拝 vol.16 光あれ

安息日礼拝 vol.19 2020 Feb 29 創造四日目

安息日礼拝 vol.23 2020 MAR 23 「原罪」「女」と「へび」